41.よい 

月が綺麗な夜は、心が惑う。 
夜なのに明るい、少し望月には足りない日に。 
ふらふらと、誘われるように、俺は外に出て、見上げる。 

ああ、綺麗だ。 

月が? 
いや、違う。 

月を見ているはずなのに 
いつの間にか、目に映るのは彼女の面影。 
攫めるはずもないのに、手を伸ばして、空を切る。 

「……どうした?」 

「何でもない」 

ただ、狂っているだけだ。 
月に魅せられて、惑わされている。 
待宵の月に。 

思えば、中秋の名月と呼ばれる日の、前夜。 

「月見しようぜ!」 

誰かの、そんな提案で、突如開かれる宴会。 

「イベントは多い方が楽しいじゃない」 

だから、何かにかこつけては宴会を開く口実にする。 
誕生日であったり、折々の記念日だったり、復活祝いであったり。 
ただし、開くには決まりごとがある。 
1つは、必ず楽しむための宴会であること。 
慰めの盃は必要ない。 
死を覚悟する、別れの盃など、決して行われるべきではない。 
逆に言えば、日々生きていることを祝って行うことも出来る。もっとも、それじゃ毎日行われてしまうから止めるけど。 
そしてもう一つ。 
宴会は、“全員で”楽しむこと。 
だから、それが行われるのは、いつも決まった場所。 

「……またなの?」 

彼女が、待ち続けている場所。 

「ああ、すまない」 
「なんてね。そりゃ賑やかな方が楽しいわ」 

そう言って、笑う。 

「って、こら! そこ何勝手に始めてるのよ?!」 
「あんたらがいつまでもいちゃついてるからだろー」 
「……まだ、夕方だが?」 
「こまけぇことは気にするなって」 
「アンタは気にしなさすぎなのよ!」 
「何コレ? もう一瓶空けてるじゃない!」 
「誰か止めてくださいー!」 

……いつものことだ。 
懲りることもなく、毎回最初から飛ばして、酔い潰れる。 
後でフォローを入れるのはいつも俺なんだけど 
いい加減、ほどほどという状態を覚えてほしい。 
そうは思うけど、それだけ、楽しめるなら良いことだとも思う。 

「あなたも、楽しまなきゃ」 

そう、差し出される盃。 

「……ありがとう」 

受け取る盃。 
彼女の笑顔。 
昨夜見た月の、面影。 

それらを全部、瞼裏に閉じ込めて、盃を呷る。 
喉が熱い。 


「こらー! あぁたしのついだ酒が呑めないってのかー!」 
「うわ、ちょ、呑みすぎだろ!!」 
「青いのぉ」 
「団子もうないのー?」 
「あんたはさっきから食べてばかりじゃない!」 
「いいじゃない、宴会なんだから」 
「よーしお前ら今から競争するぜ! 当然負けたら罰ゲームな」 
「何のだよ何の?!」 


楽しい、と思う。 
喧騒も、笑い声も。 
賑やかに酒が呑めるのは良いことだ。 

「よし、俺も参加するかなー」 
「って、アーク? 珍しい!」 
「腕立て伏せでどうだ? 魚の名前言うたびに一回!」 
「うわ、こいつ本気だ!!」 


月が綺麗な日は、心が惑いやすい。 

だから、こんな会があって、本当に良かったと思う。 




いつの間にか日は暮れて、東の空に望月。 
なのにそれを見る人は、ほとんどいない。 
酔い潰れて、広間に倒れる人多数。 
そんな奴らに毛布を掛けて回っている、彼女は聖母様。 
俺はといえば、寝転がって月を眺めている。 
昨夜はあれほど面影を追っていたのに、今は何も思い浮かばない。 
かと思えば、目の前にはっきりと顔。 

「……呑みすぎね」 

身体が熱くて、気持ち悪い。 
けれど、頭は彼女の膝に預けていて、適度な心地よさ。 
額に当てられる彼女の手が、冷たくて気持ち良い。 

「珍しいんじゃない? あなたが酔うなんて」 
「罰ゲームが、一気飲みだったからな」 
「ゲームに参加すること自体が珍しいわよ」 
「たまには、そういう日もあるさ」 

自分でも、おかしいと思う。 
目に入る月が、眩しい。 
惑わされるまま、動いていたのか。 

「綺麗だな」 
「月が?」 
「君が」 
「……酔いすぎ」 

本心なんだけど。 
口には出さず、苦笑する。 
このまま眠ってしまえば、きっと気持ち良いだろう。 
けれど。 
月に狂わされるまま。 

「ククル」 

身体を起こして。 
彼女に倒れこむようにして、抱きしめて。 
だけど、酔いでふらふらする身体じゃ当然支えきれなくて、その場に倒れこむ。 

「何?」 

月に映える、彼女の顔が神秘的。 
月の女神がいるとしたら、彼女のような顔をしているだろうか。 
否、女神そのものだろう。 
常に傍にいるようで、中々掴めない心と表情。 
宵以降に、俺だけに見せる、姿。 
神秘的なようで、いたずらに艶を含む顔。 
何か言いたげに開いた口を、その言葉ごと吸い取る。 

「ずっと、傍にいてくれる?」 

月がある夜は、月に彼女の面影を映し。 

「ええ、もちろん」 

傍に居る時は、彼女が月へ消えてしまわないように抱きしめる。 

「でも、酔ってない時に言って欲しかったわね」 
「今度はそうするよ」 

宵の月は、まだ昇り始めたばかりだ。 




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中秋の名月だったので。雨月だったけど。 

2006.10.07.
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