ぞっとするほど青白い顔をしていても、綺麗だと思った。
温かさを失くしても、色を失くした唇が動くことが無くても、閉じられた瞼が開かれなくても。
あいつに抱きかかえられてるあの人は、恋人に抱かれて眠る幸せな女そのものだと思う。ほら、穏やかな笑顔だ。
腹に風穴開けられても、顔だけは綺麗なまま。
幸せ、なのかもしれない。
改造されて人間の姿を失ったり、遺体すら残らなかった幼馴染みに比べれば。
恋人に抱かれて、最期を看取られた彼女は幸せだ。
そう思った俺は、舌を噛んだ。口の中に鉄の味が広がる。
これが彼女のものだったら、どんなに良かったことか。
「あなたに託された思いを、否定しては駄目」
幼馴染みを救えなくて、自棄になっていた時だった。
自分ひとり、彼女達に助けられて、生き残って。
正直、死んでも良いと思ってた。いや、むしろ死なせてくれと。
そう言ったら、頬に鉄拳が飛んできた。女の力だというのに、俺は吹っ飛んで地べたに尻餅を着いた。
「逃げてどうするの? あなたにはまだ、やるべきことが残っているはずよ?」
俺は、今も生きている。
最期の別れは、二人きりで。
それが、アイツの願いと、周囲が出来るせめてもの気遣い。
包帯を巻いたままの腕で亡骸を抱きかかえて、アイツは丘へ行った。
眠る場所は、少しでも、空に近い場所で。そして村を見渡せる場所で。
この世界を愛していた彼女は、この世界のせいで恋人と離れ離れになった。
「あんたら……デキてたのか」
「知らなかったの?」
「知るかよ! 第一、アイツは飛び回ってるのにアンタはいつもここに居る。一緒に居る時なんかねぇじゃねーか!」
「一緒に居るだけが恋人じゃないわ」
「寂しいとか、思わないのかよ?」
「熱いわね、あなたは」
その夜は眠れなくて。
たまたま、連れと一緒に散策してたら、あいつらは二人っきりで踊ってた。
ダンスなんて、いい身分の奴らがするもんだと思ってたから、当然、俺は縁が無い。あいつらが踊っているのがいったい何なのかすらわからない。
けど、笑っていた。
いつも、無表情で、しかめっ面をしているあいつらが、無邪気に。
くるくると回転しながら、息を弾ませて、二人見詰め合って。
何処から見ても、年相応の、普通の恋人同士。
ああ、本当に幸せなんだ、あいつらは。
そう思ったら、俺も笑ってた。
そんな自分に気付いた瞬間、顔に血が上った。見てはいけないものを見てしまった気がした。後ずさりをしたら、連れは動かなかった。
「きれい」
うっとりと。
「私たちも、あんな風になれたらな……」
嗚咽が聞こえる。
連れが、うずくまって泣いていた。
戦争が終わったらあの二人は結婚するのだと。
顔を赤らめながら、話していたことがある。
憧れの二人だから、きっと綺麗だろうと。
早く、そんな姿が見たいと。
戦争が激化して、乗り込んだ敵の本拠地で、彼女は撃たれた。
生まれつき特殊な力を持っていた彼女は、常にその命を狙われていた。
だから、俺は命に代えても彼女を守るものだと、彼女に救われた命は彼女の幸せを守るためにあるのだと、思っていた、のに。
浮かれていた。
敵を倒し、これで平和になると思い、気を緩めたその隙に。
まだ、動いていることに気付かないで。
目の前で。
庇うために広げたアイツの手を、その一撃は貫通して。
大きな、赤い華が咲いた。
丘の上に炎が点る。
夜明けにはまだ早い、紫の空に光が満ちる。
最期に、命の炎を燃やして、世界を照らしているのだと、思った。
彼女の身体は灰になって、風に吹かれて、空に舞うのだろう。
いつか世界中を飛び回ることに憧れていた彼女は、今ようやく、地面から解放された。
「アイツのこと、よろしくね」
「はあ? 何で?」
「私は、ここを守らなきゃならないから、ね」
「……いいけど。あんたは?」
「いいのよ。私は」
アイツが戻ってきたのは、日もすっかり高くなった頃。
太陽と丘を背にして帰って来たアイツは、まだ泣きじゃくってた連れの頭を撫でた。
もう、笑っている。
動かなくなった彼女を抱きかかえて、泣き叫んだ姿は何処へ行ったのか。
一人で、見送った時、何を考え、思っていたのか。
こんな時くらい、好きに振舞えば良いのに。
アイツはバカだと、心底思った。
「最近、お前達仲良いな」
「そりゃあ、アンタとの将来を託された仲だからな!」
「意味が違ーう!」
ほんの少し、抱いてた思慕は、彼女と一緒に空へ消えてしまえば良いと思った。
雲ひとつ無い空は、眩しいはずなのに、雨が降ったように滲んでいた。
2006.10.08.
ククルだけが死んだ夢を見て、そこから妄想。
まあ、アニメ版で、もしあのままククルだけが死んでいたら……みたいな感じかと。性格はゲームの方だけど。
一応、エルク視点妄想。
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