彼女は、今日も動かない。 
柩に上体を預けて、庇うように覆いかぶさった姿のまま。 
アイツが死んで、何日か経つというのに、其処から動かない。 
誰が呼びに行っても、動かそうとしても、彼女はそのまま。 
彼女の方が、生きているのか、死んでいるのか。 
不安になって見に来てみりゃ、彼女はいつものように柩に覆いかぶさってる。 
近付けない。 
声をかけようにも、何をかけたら良いのかわからない。 
ただ、微かに入る月の光が彼女を照らしていて、不気味なほど綺麗だと思った。 




「絶対に生きて帰ってくる」とか、「アイツのことは任せろ」なんて大見得切ったくせに、結果はこのざまだ。 
アイツだけが、帰ってこれなかった。 
崩れ行く要塞の中で、アイツだけが一人、残って。 
何度も何度も叫んだ。絶対に、アイツから離れるもんかと思った。 
なのに、アイツは、笑った。 

「彼女に、宜しく」 

吹き飛ばされて、気付けば要塞の外だった。 
いや、気付いた時にゃ要塞は炎上してた。 
脱出は間に合わないと、わかっていたのか。何か特殊な力を使って、アイツは皆を外に出した。そばにいた皆、呆けた顔をして燃える要塞を見ている。 
アイツだけが、そこにいなかった。 



アイツの言った「彼女」が誰のことかくらい、すぐにわかった。 
「すまねえっ」 
彼女の元に戻って、真っ先に俺は土下座した。 
額を床に打ちつけようが、気にならなかった。 
そして彼女に何をされるのか、待った。 
気の強い彼女のことだ、手が出るか、脚が出るか。 
それぐらい、当然だと思った。最愛の人を見殺しにされたんだから。 
なのに、どれだけ待っても、衝撃は来なかった。 
それどころか、顔が手に包まれていて、俺は彼女と向き合った。 
怒っているか、泣いているかと思った顔は、意外にも笑っていた。 

「傷の手当てを、しなきゃ」 

そう、額を触れられた。 
初めて、額が痛いことに気付いた。 




「ねぇ」 

彼女の、声がする。 
最初、アイツに話しかけてるんだと思った。 
もう、周囲のこと、何も見えてないように思えたから。身体はここに残ってしまっているけど、心だけはアイツの傍に行っているんじゃないかと。
そんな、どっかの小説みたいなことを平気で当て嵌められるほど、これはおかしな情景だと思った。 
実際、彼女は動いていなかった。石造りの柩に身体を預けたまま。 
だけど、彼女は続けた。 

「どうして、私がこうしているか、わかる?」 

それが、俺に向けられた言葉だと理解するのに、数瞬。 

「かたみなの」 
「形見?」 
「このハコは、聖柩。彼と同じ名を持つ、大切な、開けてはならない柩」 

聖柩というのは、恐ろしいほどの悪を蓄えられる箱。それをあければ、世界を手に入れることが出来るという。 
だから、彼女はそれを守っていた。悪しき者に奪われることのないように、ずっと、神殿で祈りを捧げて。
彼女は、聖柩の巫女と呼ばれていた。そして、アイツは聖柩と彼女を守る勇者だと。 
けれど、奪われた。世界は闇に包まれた。 
それを、取り戻すための戦いだった。 

「あけましょう」 

彼女が、身体を起こして、振り向いた。 
いくらか痩せ、長い髪の艶も失った彼女だが、ぞっとするような笑みと美しさを失ってなかった。 

「このハコには、世界の全てが詰まっている」 
「え?」 
「かたみだけでは、生きてゆけないもの」 

彼女が、蓋に手をかける。重い石同士がこすれる音がする。 
俺は、駆け寄った。 
駄目だ。 
それを、開けちゃ駄目だ。 
あんたたちは、それを守ってきたんだろ? それを壊しちゃ、駄目だ! 
だけど、少し遅くて。 
蓋は、ずらされた。 



そこに、屍など、無かった。 
ただ、いっぱいの花々。 



要塞の炎は、周囲の街を巻き込んで、燃やし尽くした。 
その後、どんなに探しても、アイツの死骸は見つからなかった。 
全て燃えてしまったのかもしれない。けれど、生きているのかもしれない。 
生きているのだと、信じたかった。 

「封印になったのじゃよ」 
魔法使いのじいさんが言った。 
「聖柩の代わりになって、悪を封じたんじゃ」 
聖柩の別名はArk。スペルこそ違うがアイツと同じ響きの名だと、聞いたことがある。 
同じ名のために、アイツは犠牲になったのか。 
俺は掴みかかった。相手が年寄りだろうが、構わなかった。 
息を詰まらせながら、じいさんは呟いた。 
「順番が……違うのぅ…………」 
手を、離した。 
じいさんの目は、濡れていた。 



遺骸も無いまま、葬式は行われた。 
屍の代わりにいっぱいの花を。 
柩の代わりに聖柩を。 
似せて作って、神殿の奥に安置された。 
それ以来、彼女はずっと、アイツの傍に。 



「かたみを、失ってしまった」 
柩を覗き込んで、彼女が言った。 
「かたみなのは、私か、これか」 
意味が、わからなかった。 
柩は、ここにある。これが形見だというのなら、まだ失っては無いはずだ。 
そんな俺に、彼女が微笑む。 

「片身だけじゃ、生きていけないのよ」 

ふらふらと、立ち上がって、彼女は踝を返す。 
その意味を理解した時、彼女は、もういなくなっていた。 





元ネタ(?) 
能「花筐」「班女」の前場 
しかし原型留めてない。 
設定は、やっぱりアニメが一番近いかね? 最終決戦にククルが同行しなかったらの話。
2006.10.17.
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