最期の力を振り絞って襲い掛かってきたモンスターに、一閃。 
「詰めが甘いぞ、エルク! 止めはしっかり刺せ!」 
その怒声に、「チッ」と舌打ちが返る。 
「指図されなくても、やってやらあっ!!」 
巻き起こる炎に、モンスター共が包まれる。 
「その戦い方が甘いって言ってるんだ!」 
炎に巻かれたにもかかわらず這い出してきた敵に向かって、剣を構える。 

静寂。 

「へぇ、すごい。お強いんですね」 
物陰から人。モンスター退治の仕事を依頼してきた、依頼主。 
人の良さそうな顔を、更ににこにこさせて近付いてくる。 
「まさかここまで強いとは、思いませんでしたよぉ」 
言いながら、身体が変化していく。人間の姿じゃなくなった、そこを一薙ぎ。 
派手に赤い液体を噴き出し、俺の顔に、身体に、降りかかる。 
依頼主だったモノは、その場に崩れ落ちた。 
「こいつも化けてたのかよ……てことは、今回の報酬どうなるわけ?」 
悪態が聞こえる。 
ため息。 
後に残ったのは、血に濡れた自分の身体と脱力感。 
「……とにかく、戻ろう。態勢を整えるのも仕事のうちだ」 
剣についた血を振り払い、鞘に収める。 
日差しがやけに暑い。 

* 

血の臭いは、なかなかとれない。 
洗っても、洗っても、消えたはずの血が臭いとなって染み付いている。 
「仕方ない、か……」 
壁に頭をよりかからせて、天井を仰ぐ。 
移動手段兼居住地の、美しさを称えられた、戦艦の中。 
真っ白で、無機質なそれは、中にいる人間とは裏腹に、生を感じさせない。 
一度戦争となれば、巨大な兵器として多くの命を奪ったものだというのに。 
「気にしていては、駄目なんだけどな」 
戦いの中に身を置くものは、一瞬の隙が命取りとなる。 
情や迷いが、隙となる。 
だから、そんなものはなるべく心から追いやって、努めて冷静になるようにしてきた。 
人間として、寂しいことだとは思う。けれど、生きていくために必要なことだ。 
だから、無機質に、敵を倒す。 
人の形をした化け物でも、瞬時に手を血に濡らして。 
両の手を見る。 
洗われてしまったそれにもう赤は無いが、この手は確かに血を知っている。 
たとえ表面をどれだけ洗っても、奥底には多くの生命の血が染み付いているのだろう。 
それが、臭いとなって俺を苛む。 
「奪った生命を忘れるな」と。 
ゆっくり、息を吐く。 
機械が動く音が聞こえる。 
きっとこの動く機械のように、ただ同じことを繰り返せたら楽だろう。 
心を殺して。 
血の臭いは、取れない。 

* 

戦艦暮らしをいつまでもするわけにはいかなくて、補給のためにいつもの場所へと泊まる。 
山と岸壁、海に囲まれたところに、俺たちの拠点がある。 
およそ生物の息吹が感じられない荒れ果てた場所だったが、最近は変わり始めている。 
数ヶ月前までは花など無かったその場所に、今は盛りを誇示するかのように咲き乱れている。 
その奥に、彼女が住んでいる神殿。 
「お帰りなさい」 
いつものように、笑顔で迎える彼女。 
このだだっ広い神殿に一人取り残されている寂しさなど感じさせずに、ただ笑って「おかえり」と。 
その言葉と笑顔に、俺はどれだけ救われたことか。 
けれど、今日は。 
「ただいま、ククル」 
「……また何か悩んでるわね」 
すぐ目の前に、彼女の大きな瞳。 
まっすぐにこちらを見つめてくるそれは、小さな変化でも敏感にわかるらしい。 
その力強い視線に耐えられず、俺は弱弱しく視線をそらす。 
「ごめん、疲れてるみたいだ。シャワー浴びてくる」 
言って、背中を向けて、逃げるようにその場を離れる。 
血の臭いは、まだ残っている。 

* 

脱衣所に上がれば、タオルと洗剤と太陽の匂いのする服が畳まれて置いてあった。 
彼女が用意してくれたのだろう。 
洗っても洗っても、潜在的に身に付いてしまった臭いはどうしようもないけれど、新しい匂いのする衣服を身に付ければ意識を紛らわせられる。 
ようやく、呪縛から解放された気がして、一息。 
「……さん、ククルさん」 
聞こえてくる声。 
広間で、何かはしゃいでいるのだろうか。 
楽しそうな声に釣られて、声のする方へふらふら歩いていく。 
「それでね、ククルさん。その時エルクが……」 
「リーザ! そんなことまで言わなくてもいいだろ!」 
「何よー! さっきは……」 
「はいはい。それでどうしたの?」 
にぎやかな声。明るい笑い。 
(……母親に甘える子供みたいだ) 
そんな言葉が思い浮かぶ。 
確かに彼女は「聖母」なのだけど、まだ18歳。10代の子供を持つような年齢じゃない。 
けれど、いつも自分達の帰りを待っていて、暖かく迎えてくれるその姿。 
全てを優しく包んでくれるような笑顔、くじけそうになった時は叱咤し、背中を押してくれる人。 
どんな時も明るく、前向きで、本当の強さを知っている、「お母さん」のような人。 
胸の奥に燻る懐かしさと切なさが渦を巻いて、喉にこみ上げてくる。 
母に甘えていた頃の幸せな記憶と、現在の機械になりかけた自分がせめぎあう。 
今エルクとリーザが嬉しそうにすりよっている。あの二人は、幼くして母を失ったから、母性を求めているのだろうか。 
自分も同じように駆け寄って行きたい衝動に駆られて、踏みとどまる。 
入っていけない。 
入ってはいけない。 
入って行ってしまえば、自分が今必死に耐えているものが、音を立てて崩れそうな気がするから。 
それなのに。 
「アーク?」 
彼女が、視線をこちらに向けていて。 
「……ごめんね。二人とも席を外してもらえるかしら?」 
申し訳なさそうに笑って。 
エルクとリーザは顔を見合わせてたけれど、リーザに促されるようにして二人とも出て行った。 
気付けば、すぐ目の前に彼女。 
部屋の中に、彼女と俺、二人きり。 
思わず、抱き寄せていて。 
「……アーク?」 
両手を、彼女の背中に。 
顔は彼女の肩の上。 
それが、胸のあたりまで下がる。 
彼女の手が、頭に回されて、俺は彼女に包まれる。 
着物に焚き染められた香の匂い。 
心臓の音。 
通っている血の温もり。 
……生きている。 
「……胸くらい、貸してあげるから」 
頭の上から、声。 
「辛かったら、いつでもここに来て良いのよ?」 
ぎゅっと、少し頭に圧力がかかって、胸に顔が押し込められる。 
その柔らかな感触と、香の匂いに包まれて、俺は満たされる。 
彼女も、俺も、生きている人間だ。不器用な生き方しか出来ないけれども。 
目を閉じて、彼女に身を委ねた。 
今は、血の臭いを感じない。 


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後輩に「先輩、泣きたいので胸貸してください」と言われたのを、ここまで膨らませた私は阿呆だ。 

2006.07.19.
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